第7章 人生は一つの正解ではない
何度も書きましたが、若い頃の私は人生には正解があると思っていました。
正しい学校。
正しい会社。
正しい仕事。
正しい生き方。
どこかの外側に答えがあって、それを見つけて掴んだ人が成功する。
そんなふうに思い、焦っていました。
間違えたくなかった。
失敗したくなかった。
遠回りしたくなかった。
常に、正しい外側にある物を探していました。
しかし、人生経験は思っていたより複雑でした。
成功したと思ったことが、後から見ると失敗だったこともあります。
逆に、失敗だと思っていたことが、価値観を大きく変えてくれたこともあります。
フィリピンへ来たこともそうです。
若い頃の私が描いていた人生設計の中に、フィリピンで15年以上暮らす未来はありませんでした。
まして、フィリピン人の妻と出会い、家族を持ち、子どもを育てる未来など、想像もしていませんでした。
もし当時の私に、今の生活を見せたら、驚くと思います。
もしかしたら、少し不安になるかもしれません。
しかし今の私は、この人生を気に入っています。
裕福とは言えませんし、完璧でもありません、問題もあります。
思い通りにならないこともありますが、それでも、十分に幸せです。
そして気づきました。
人生経験は、外側にある正解を探す競技ではなかったのかもしれない。
むしろ、競技の種類は時に変わることもあるのです、急ぐ必要もない。
フィリピンで出会った人たちを見ても、日本にいる人たちを見ても、そう感じます。
そして、どの人にもそれぞれの不安と楽しさがあります。
誰かの正解が、自分の正解になるとは限りません。
だから私は、以前より人を羨まなくなりました。
以前より人と比べなくなり、急がなくなりました。
もちろん、
不安になることもあります。
迷うこともあります。
落ち込むこともあります。
私は修行僧ではありません、普通の人間です。
それでも昔と違うのは、答えを急がなくなったことです。
ゆっくりでもいい。
遠回りでもいい。
立ち止まってもいい。
15年のフィリピン生活を振り返った時、今の私はそう思っています。

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