第4章 家族を持って見えた世界
私は今の家族を持つ前にも、父親でした。
以前の日本での結婚生活の中で、三人の子どもに恵まれました。
もちろん今でも私は、子供たちを愛していますし親子であることは変わりません。
だから、フィリピンで子どもが生まれた時、初めて父親になったわけではありませんでした。
しかし正直に言うと、感じた重みは違いました。
それは愛情の大きさなどではありません。
責任の感じ方でした。
私は外国で生活していました。
慣れ親しんだ、どこかで甘えが通る日本という国ではないし、頼れる親族や仲間も近くにはいません。
日本のように生活常識が整った環境でもありません。
もし何かあったら、自分が何とかしなければならない、それができるのか?
その感覚は、日本にいた頃よりもずっと重く、強かったように思います。
生活の基盤が揺らいだ時、誰かが助けてくれるのを待つことはできません。
自分が動かなければならない。
外国で家族を持つということは、私にとってそういう意味でした。
だから私は、若い頃よりも慎重になりました。
同時に、以前よりも人生(時間)を長い目で考えるようになりました。
よく聞くセリフですが、(自分一人なら、失敗してもやり直せます)
しかし家族がいる、子どもがいる。
その現実は、私の考え方(感じ方)を大きく変えました。
以前の私は、自分の成功が興味の中心でした。
どうやったらもっと稼げるか。
どうやったら自由になれるか。
どうやったら人生を変えられるか。
そんなことばかりを、よく考えていました。
しかし家族を持ってからは、少し違うことを考えるようになりました。
どうやったら安心して暮らせるか。
どうやって、外敵から家族を守れるか。
どうやったら子どもたちが穏やかに成長できるか。
どうやったら家族と一緒に笑っていられるか。
興味の対象が大きく変わったのです。
そして、フィリピンで子育てをする中で、私はあることに気づきました。
子どもたちは、親が思っている以上に強くて自由だということです。
同じ家で育ち、同じ学校へ行く、同じ環境で生活する。
それでも全然違う。
好きなことも違うし、興味も違う、考え方も違う。
当たり前のことですが、親である私はつい忘れてしまいます。
自分の経験を基準に、正しい道を教えようとする(日本人的な価値観のみで)。
失敗しないように導こうとする(日本人的価値観のみで)。
私はそうでした。
しかしフィリピンでの生活は、その考えを少しずつ変えていきました。
世界には色々な価値観がある。
色々な文化がある。
色々な生き方がある。
そして、子どもたち自身にも、それぞれの人生がある。
親ができることは何だろう? その問いを考える時間が増えました。
答えはまだ分かりません。
しかし今思うのは、(人生の正解を私自身の価値観だけで教えることではない)、ということです。
親が信じる道を押しつけることでもない。
もし私が子どもたちに残せるものがあるとしたら、それは選択肢だと思っています。
世界は日本だけではない、でもフィリピンだけでもない。
人生は一つの形だけではなく、色々な生き方があり、色々な未来がある。
そのことを知った上で、最後は自分自身で選んでほしい。
それが、フィリピンで家族を持ち、改めて父親として考えるようになった、私の願いです。

戻る