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選択肢教育① なぜ私はフィリピンに来たのか

  • 2026.07.11

第1章 なぜ私はフィリピンへ来たのか

 

正直に言うと、私はフィリピンへ来たかったわけではありませんでした。

海外で暮らしたいという強い夢があったわけでもありません。

国際人になりたかったわけでもありません。

 

今振り返ると、ただ当時の私はもうこれ以上、一体何に対して頑張ればよいのか出口が見つからなかった。

日本で生きることに少し疲れていたのだと思います。

 

 

若い頃の私は、成功したいと思っていました。

人より前へ行き、人より稼ぎたい、そして人より優雅で自由になりたい。

そんな気持ちが強い欲張りだったように思います。

だから、たくさんの情報を集め、人に会い、たくさんのことに挑戦しました。

 

しかし、何かを手に入れるたびに、また次の何かが欲しくなりました。

他人との比較で時に嫉妬して、もっと稼げば安心できると思っていました。

しかし不思議なことに、手に入れるほど不安は消えませんでした。

むしろ増えていきました。

 

そんな流れの中で、私はフィリピンという国と出会いました。

最初の印象は、正直あまり良いものではありませんでした。

暑い、遅い、適当、日本とは何もかも違う。

しかし、しばらく暮らしていると、あることに気づき始めました。

 

この国の人たちは、多くは日本人より豊かではありません。

便利はありませんし、効率的でもありませんし、貧富の差は暴力的なほど強烈です。

それでも、驚くほどよく笑うのです。

 

最初は理解できませんでした。

なぜそんなに笑っていられるのだろう。

なぜそんなに慌てないのだろう。

なぜそんなに今を生きているのだろう。

 

 

私はいつも、未来を心配し焦っていました。

将来のこと、仕事のこと、お金のこと、失敗の不安。

だから常に急いでいましたし、常に焦って何かを追いかけていました。

 

 

しかしフィリピンでは、追いかけても思い通りにならないことが多い。

停電する、約束通りに来ない、急に予定が変わる、船や飛行機が止まる。

それでも、人は無邪気に休む。

 

最初は腹が立ちました。

しかし、何年も生活しているうちに、少しずつ感覚が変わっていきました。

私達の生活には、努力で変えられることもあるが、変えられないこともある。

 

風が吹くように、起きることは起きる。

他人は簡単に約束を破る、そういう事も起こる。

その時に、怒るのか?嘆くのか?受け入れるのか?

 

この世で私が選ぶことができるのは、自分の反応だけなのかもしれない。

 

 

15年のフィリピン生活で、私が学んだ最初のことは、英語でも、投資でも、移住ノウハウでもありませんでした。

それは、世界には一つの正解しかないわけではない、ということでした。

そして、私が選ぶこと(選択)ができるのは、自分の反応だけということ。

ゆえに、人生を楽しむ上で本当に大切なのは、正解を探し続けることではなく、選択肢を持つことなのかもしれない。

 

今の私はそう思っています。