穏やかな日差しに、鳥たちのさえずりが忙しい朝です。
親子留学や海外移住について考えていると、特に何も言っていないのに、周囲との会話が少しだけ噛み合わない日があります。
相手の話は分かる。
こちらの返事も間違っていない。
それでも、どこかに薄い膜のような距離が残る。
会話のズレは、意見の違いとは限らない
噛み合わなさは、反対や否定から生まれるとは限りません。
同じ言葉を使っていても、見ている前提が違うと、会話は静かにずれていきます。
今の生活を前提に話している人と、これからの生活を頭に浮かべている人。どちらが正しいわけでもな
く、ただ視線の向きが違うだけ、ということもあります。

言葉にしないほうが楽な場面もある
説明しようと思えば、できなくはない。
けれど、説明するほどのことでもない気がする。
そんなとき、言葉を足さない選択が残ります。
沈黙は、逃げではなく、無理に揃えないための間(ま)として機能することもあります。
距離があるから見える輪郭
会話に少し距離が生まれると、自分が何を大切にしているかが、逆に浮かび上がることがあります。
今までは気づかなかった価値観や、あえて触れなかった前提。
距離は、分断ではなく、輪郭をはっきりさせるために一時的に現れるものかもしれません。
今日は、そのズレを埋めなくていい
もし今日、会話が少しだけ噛み合わない感覚があったとしても、それを整えようとしなくて大丈夫です。
言葉が揃わない日があるから、揃う日の意味も分かる。
今日は、そのズレをそのまま置いて終わっても、何かが欠けるわけではありません。

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