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ドゥマゲッティ、スペイン統治時代の街の成り立ちを解説。

  • 2026.01.18

こんにちは、ドゥマゲッティ英語留学&移住センター(DEEC)代表の増田です。

 

スペイン統治時代の街の成り立ちを解説。

今回の記事では、ドゥマゲッティがどのようにして今の形になっていったのか、その歴史の中でも大きな影響を与えた「スペイン統治時代」についてわかりやすくお伝えします。

親子留学でドゥマゲッティに滞在する際、歴史を知っていると街歩きや観光の見方がぐっと深まります。

 

スペイン統治の始まり

フィリピン全体がスペインの植民地となったのは16世紀後半のことです。

マゼランの来航(1521年)をきっかけに、1565年にはミゲル・ロペス・デ・レガスピ率いるスペイン軍がセブを拠点に支配を開始しました。

その流れの中でネグロス島にも宣教師が入り、布教活動や町の形成が進んでいきました。

宗教支配という、日本人の私達には少しわかりずらい歴史です。

ドゥマゲッティは海沿いに位置することから、スペイン人にとっても拠点として価値が高く、キリスト教の布教・防衛・交易の要所として整備されました。

 

防御のための街づくり

当時のドゥマゲッティは、モロ族と呼ばれるイスラム系海賊の襲撃にたびたび悩まされていました。

そこでスペイン人は町を守るために、石造りの要塞や鐘楼(ベルタワー)を建設しました。

現在も残る「ドゥマゲッティ・ベルタワー」はその象徴で、17世紀後半に建てられたとされます。

海から敵船が近づくと鐘を鳴らして住民に危険を知らせ、町全体で防御体制を取ったと伝えられています。

今では観光名所となり、歴史を身近に感じられるスポットです。

キリスト教の広がり

スペイン統治の中で最も大きな変化は、カトリック教会の建設とキリスト教文化の浸透でした。

ドゥマゲッティの中心にある「セント・カタリーナ・アレクサンドリア大聖堂」は、スペイン人宣教師によって建てられたもので、現在も市民の心の拠り所になっています。

この大聖堂は鐘楼と並んで街の歴史を象徴する建物であり、地元の人々の生活リズムや価値観に大きな影響を与えました。

親子留学でドゥマゲッティに滞在される方も、日曜のミサに参加すると地元の文化に触れる良い機会になります。

 

 

教育と文化の芽生え

スペイン人は布教と同時に教育にも力を入れました。

読み書きや宗教教育を通じて、次第に地元の人々に新しい学びの機会が広がっていったのです。

この土台があったからこそ、後にアメリカ時代に入って教育都市「ドゥマゲッティ」が大きく発展したとも言えます。

 

スペイン時代の名残を感じる街並み

ドゥマゲッティの街を歩くと、スペイン統治の影響を今も感じられる場所があります。

 

カテドラル教会とベルタワー:17世紀から18世紀にかけての建設物。

石畳や街の区画:スペイン統治時代の町の形が基盤になっている部分もある。

宗教行事:セント・カタリーナを祝う祭りなどは、スペインの宗教文化が色濃く残るもの。

 

こうした場所に足を運ぶと、「町がどのように守られ、育ってきたのか」を肌で感じられます。

 

当センターの視点

私たちが親子留学をサポートする中で感じるのは、ドゥマゲッティはただの田舎町ではなく、歴史の重みが今の安心感につながっているということです。

スペイン時代に築かれた防御の仕組みやコミュニティ意識は、現代の「治安の良さ」や「温かい人間関係」に通じているように思います。

お母さま方からも「街が落ち着いていて安心」「人々が親切」という声をよくいただきますが、その背景には数百年にわたる町の歴史があるのです。

 

まとめ

 

ドゥマゲッティは16世紀末からスペイン統治の影響を受けた。

海賊の襲撃から守るため、鐘楼や要塞が建てられた。

カトリック教会が建設され、宗教と文化が根付いた。

教育の基盤がこの時代に整えられ、後の教育都市としての発展につながった。

今も残る建物や祭りに、当時の名残を感じることができる。

 

参考

National Historical Commission of the Philippines

Dumaguete City Tourism Office