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「ちゃんと学ばなきゃ」が心を固くしていた話

  • 2026.01.21

こんにちは、ドゥマゲッティ移住留学サポート(DEEC)の増田です。

今日も少し、私が感じてきたことを書きます。

 

「ちゃんと学ばなきゃ」が心を固くしていた話

「ちゃんと学ばなきゃ」

 

この言葉は、前向きで、向上心があって、一見とても良い言葉に聞こえます。

 

私自身も、長い間、この言葉を支えに動いてきました。

 

でも、ある時から、この言葉が、自分の心を少しずつ固くしていたことに気づき始めました。

 

学ぶことは、正しいことだと思っていた

 

学ぶことは、良いこと。

学ばないのは、怠けていること。

 

そんな価値観が、自分の中に強くありました。

 

分からないままにしない。

知らないままにしない。

常に、アップデートし続ける。

 

それが、誠実な大人の姿だと思っていた。

 

「ちゃんと」がつくと、空気が変わる

 

でも、「学ぶ」だけなら、好奇心が動きます。

 

そこに、「ちゃんと」がついた瞬間、空気が変わる。

 

正しく。

十分に。

遅れずに。

 

学びが、義務的ノルマに近づいていく。

 

学びが、安心の条件になっていた

 

振り返ると、学ぶことは、安心の条件でもありました。

 

ちゃんと学んでいれば、間違えないはず。

ちゃんと学んでいれば、失敗しないはず。

 

論理武装という蛇足。

 

学びを積み重ねることで、不安を抑え込もうとしていた。

 

単身で外に出て、学びが追いつかなくなった

 

日本を離れ、単身で暮らし始めたとき、学びは、追いつかなくなりました。

 

文化も、言葉も、常識も違う。

 

全部をちゃんと学ぼうとしたら、間に合わない。

 

分からないまま動くしかなかった

 

海外では、分からないまま動くしかない場面がたくさんあります。

 

理解してから動く、ではなく、動きながら分かる。

 

その繰り返し。

 

家族を持って、学びが重くなった

 

再婚し、父親になり、家族と暮らすようになると、「ちゃんと学ばなきゃ」は、さらに重くなりました。

 

教育。

健康。

将来。

 

間違えたくない分野が増えるほど、学びへのプレッシャーも増えていく。

 

学びが、楽しさを失っていった

 

本来、学びには、楽しさがあります。

 

知らなかったことを知る。

見えなかったものが見える。

 

でも、「ちゃんと学ばなきゃ」が強くなると、楽しさは後ろに回る。

 

間違えないための学び(不足の穴埋めが目的の学び)

 

学びの目的が、「楽しむ」から「間違えない」に変わっていました。

 

その結果、心は、常に緊張している。

 

学びが、評価と結びついていた

 

自分の評価、他人の評価。

学んでいる自分。

勉強している自分。

それ自体が、自分の価値を支えていた部分もありました。

 

学ばない自分は、怠けている。

価値が下がる。

学ばない時間に、罪悪感があった。

休んでいるだけ。

ぼーっとしているだけ。

 

それが、無駄に思えた。

 

でも、本当は学びにならない時間はなかった

 

実際には、学びにならない時間などありませんでした。

 

人と話す。

景色を見る。

何も考えない。

 

それらも、確かに、自分をつくっていた。

 

「ちゃんと学ぶ」を、少し手放した

 

あるときから、「ちゃんと学ぶ」を少し手放しました。

フィrピンではみんな「ちゃんと」なんて学んでいない。

 

分からないままでいい。

途中でいい。

興味があるところだけでいい。

すると、学びが、呼吸のようになりました。

 

吸って、

吐いて。

 

無理なく、自然に。

 

子どもは、ちゃんと学んでいない

子どもたちは、「ちゃんと」学んでいません。

 

遊びながら。

失敗しながら。

寄り道しながら。

 

それでも、確実に、身につけていく。

 

大人も、同じでよかった。

 

ちゃんと学ばなくても、学んでいる。

 

学びは、積み上げなくても残る

 

学びは、意識的に積み上げなくても、残ります。

 

体に。

感覚に。

判断に。

 

「ちゃんと学ばなきゃ」が抜けたとき

 

「ちゃんと学ばなきゃ」が抜けたとき、心が、少し柔らかくなりました。

 

分からない自分を許せるようになった。

 

学びは、管理しなくてよかった

 

学びは、管理するものではありません。

 

生きていれば、自然に起きるもの。

 

学びを止めなくても、力は落ちない

 

ちゃんと学ばなくても、力が落ちることはありませんでした。

 

むしろ、余白ができた分、必要なことが入りやすくなった。

 

学びは、怖さ(不足)からではなく好奇心から

 

今は、学びを、怖さからではなく、好奇心から選びたいと思っています。

 

「ちゃんと学ばなきゃ」があっても、ここにいていい。

 

最後に、これだけは伝えたい。

 

「ちゃんと学ばなきゃ」と思ってしまう日があっても、あなたは、ここにいていい。

 

それは、生きてきた証拠。